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気合いをかけた転職履歴書

さて、私が転職をとうとう決めたのは、ある会社が採用してくれたためでした。そこはとある営業の会社で、私は自分の経歴やスキルを活かすのに十分だと感じ、またやりがいも感じることができそうだたため、そこの会社に応募することを決めたのです。

まずは書類選考がありました。それまで散々不採用になっていた私は半ばヤケになっていて、どうせ書くなら最初から「既婚者です」「子持ちです」と言ってしまえ、と思い、正直にその旨を書いたのです。そして、一般的にはハンデと取られる環境にいるが家族の協力体制は全く問題ないということ、自分の価値はこの環境に囚われるものではないということを、志望動機欄に熱く書いたのです。それは気合いの入った履歴書でした。もちろん職務経歴書も書きました。単なる経歴の羅列ではなく、外国人並みに自分の業績をアピールしまくったものに仕上げました。

そこで書類選考に通り、次に面接となったのです。私は、何かが吹っ切れたように、次の作戦を頭の中に描いていたのでした。面接の際により訴えかけられるものを持参しようと思ったのです。

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女性のリスクをメリットに変えて

そして面接の日がやってきました。面接会場である会社の支社へ行くと、思ったよりも大人数の人たちが集まっていました。書類選考を通ったことである程度絞られているのかなと思っていましたが、それにしては人数が多かったのです。あの人数を見た時、正直なところ弱気になってしまいました。人数の多さに気が引ける、ということはあるものです。私も、開き直って面接に来たつもりが、つい引いてしまったのでした。

リスクを強みに変えてそして合同面接が始まりました。一人ずつ名前を呼ばれて、面接官のもとにいきます。そして私の名前が呼ばれました。やや緊張しながら面接官の前に座りました。面接官は、私の応募書類に目を通しながら、例の質問をしました。「家庭をもっているの」「お子さんがいらっしゃるの」「お子さんの面倒は誰が?」、この質問には、私は前もって考えていた通りに答えました。すなわち、家族の協力体制は整っていること、これまでいろいろな会社で同じ質問を受けて門前払いを食らったが、自分の能力とそれとは無関係であること、そして子育てのブランク期間でさえ、オンライン英語に取り組んだり留学に関しての原稿をまとめたりといった努力を怠らなかったことを、面接官に訴えかけたのです。そして私は、自分が当時書いた原稿を、面接官に手渡したのです。「これが当時書いた原稿です。御社の留学事業部を受けるうえでまさに同じテーマであることから、是非目を通して下さい」そのように言って原稿を渡しました。面接官は最初びっくりしたような表情をしていましたが、ではお預かりしますと言って受け取ってくれました。

私は、自分のハンデについて逆に開き直ったこと、ハンデと自分の能力とは別だと堂々と訴えたこと、そして自らアピール材料を持ち込んだことから、見事採用を勝ち取ることができたのです。ハンデに負けない気持ちが勝ったのでした。

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営業への転職

見事採用された私は、留学会社の接客営業としての職を得ました。仕事内容は、自社の留学プログラムの販売、迷っている人へのカウンセリングでした。勤務時間は朝10時から夕方19時が定時でしたが、19時に帰れたことなどほとんどない、というハードさでした。この辺りは男女差がない象徴のひとつですね。お給料ももちろん男女差はなく、基本給に売上歩合がつくことで決まるため、場合によってはむしろ男性よりも上司よりも稼ぐことだって可能だったのです。

見送りに来た長男に感激一方で葛藤がありました。生活のため、仕事の決まらない夫に代わって、まだ手のかかる子供を保育園に預けて働いていましたので、子供に対する申し訳なさで心がいっぱいになる時が多々あったのです。そんなある日、朝私が出勤するのを玄関まで見送りに来た長男に、「朝から晩までお仕事でお母さんがいなくてごめんね」と言うと、まだ3歳だった長男が「お母さん、ごめんねなんていらないよ。だって家族のためにお仕事してるんだもん」と言うではないですか。私は涙が出るのをこらえながら玄関を出た記憶があります。

そんな切ない子供の言葉に申し訳なさを覚えるとともに、いつまでたってもアルバイトさえ見つけない夫ののうのうとした態度に腹が立つばかりだったのです。

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女性の転職・学ぼうという意識

しばらくぶりの正社員としての勤務は、全てが学びでした。30代で転職をしたということは、女性にとって結構ストレスフルなものだったりするのです。久しぶりのフルタイム勤務、男性と同じ立場の扱い、会社という集団生活、長時間勤務、営業トークも一から覚えました。とにかく、ブランクを持っていた女性としては、こういった生活が始まることは、最初のうちはかなり緊張を要するものだったのです。対人接客営業でしたので、一人のお客さんを目の前にして堂々とトークを繰り広げなければなりません。これには慣れるまでは相当な度胸が必要なのです。

とにかく正社員として久しぶりに勤務するようになってからは、全てが学ぶ対象でした。正確には「学びなおす」といった感じでしょうか。自分より年下の女性社員が、自分よりも上のポジションだったりすると、年下の人に敬語を使って接しなくてはなりませんでしたし、いい加減30代にもなって年下に敬語を使うのも最初は抵抗がありましたが、これも仕事と割り切って頑張っていました。

相当期間のブランクを経て女性が転職をした時というのは、それなりのストレスと我慢、そして学びなおそうという意識が必要になってきます。そんな心構えを忘れないようにして、転職活動を進めるようにしましょう。

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子育て経験者だからこその実績

留学斡旋会社に転職した私は、一から営業というものを学びました。トークの方法、人間の心理、そして商品知識。覚えなければならないことはたくさんありました。中でも特に実感していたことがあります。

留学は、カタチのない商品です。カタチのない商品を営業する、つまり販売するということは、お客さんの心に潜む潜在的なニーズを引き出し、そこに留学という目的意識を植え付け、自社留学商品を販売する、ということを意味します。お客さん側の視点に立てば、カタチとして見えない「留学」に関心はあるけれど、行っていいものかどうなのか、この会社で本当に良いのかどうか、何が得られるのか、など迷いや不安が心にいっぱいあるものなのです。そこで販売側に必要になってくるのが、安心感と信頼感、この二つの要素なのです。

私は既婚女性でしたし、子育て経験者ですし、そして年齢的にも30代と、人間的にもちょうど落ち着きを兼ね備えた時期にありました。これがお客さんにとっての安心感と信頼感につながったのでしょうか、私のお得意様は実に年齢層が幅広く、下は18歳の女の子から、上は50代の女性、さらには未成年の子の親御さんからも、絶大な信頼を頂くことができていました。これも、私が私の環境にあったからこそ培うことができた人間的幅の成果であると、今振り返ると思うのです。

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