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生活状況の変移

そんな生活が続く中、私は朝から晩まで家をあけ働き、一方夫は相変わらず金にならない夜のアルバイトを続けるばかりでした。夫は日中に仮眠を取って、ハローワークにいったり家事をしたりしていました。ハローワークに通うのも時間がかかるし、バイトなら雑誌を見た方が早いのに、ハローワークになぜかこだわり続けていました。だから夫がやっていたのは、何かが無意味な転職活動なのです。

一方で生活は全く成り立たない状態でした。つまり夫婦の稼ぎだけでは食べていけない、子供を育てていけないのです。だから借金に頼るしかない。親から何度も何度も経済的援助を受けてはその場を何とか乗り切り、その間に夫はまともなバイトでも見つけるかと思いきや、援助に甘んじているばかり。ほとほと愛想が尽きたという感じでした。

そして私はある考えに達していくのでした。自分のためにも子育てのためにも、転職が必要だと。そのためには、このままこの夫と一緒に暮らしていてはいけないと。そして後に別居を強行することになるのです。

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男性である役目、女性である役目

別居を考えるほどにすれ違ってしまうのには、夫婦お互いの認識の違いがあったようです。つまり、家庭における男性と女性の役目について、お互いに認識が異なっていたのです。

夫婦のすれ違い私は決して「男は仕事、女は家庭」という考えに縛られている方ではありませんが、男性と女性が本来持っている性差による役割というものは、古来より変わることはないと考えています。例えば男はその昔、家族を食べさせるために獲物を捕りに外へ出て行った、女は家で子供の面倒をみながら家事を行い夫の帰宅に備えた。現代になってどれだけ男女平等が叫ばれようとも、この性差による役割は、根本的な部分では変わることはないと思うのです。例えば我が家の場合、私が外に働きに出て夫が家事をしていました。この役割交代自体に文句を言うつもりはないのですが、意識の問題として、男はどこまでも「家族を率いる」という意識を持っていて欲しかったのです。そしてそれが、私の夫には足りなかった意識でした。足りなかったというよりは、男女平等意識の履き違え、とでも言いましょうか。外に出て働いているのが私だから、家を率いるのも私、という意識を夫は持っていたということです。ならば自分の役割は一体なんだというのでしょう。

性差による違いは、変わらないのです。男女平等とは、様々な機会が男女平等に与えられる、という意味であって、本来の役割そのものまでをも変える考え方では、決してないはずなのです。

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三行半

そしてとうとう、三行半を突きつけることになりました。離婚を言い渡したきっかけになったのは、ある出来事でした。私が勤めていた支社の売上が落ちたことによって、当時支社長代理的ポジションにいた私の給与も減額となってしまったのです。ただでさえ家計が成り立っていないのに、親からの経済援助がなければ生活が成り立たないのに、そして夫はそんな危機意識に乏しいのに、こんな時に減給の話を出したら夫は一体何て言うだろうと、そう思いつめながら家路についたのを覚えています。

家に帰ってさっそく減給の話をしました。夫が放った一言は、今でも忘れません。
「えー?じゃあ違うところに転職すれば良かったのに、30代の女性でもよかったところにさ」
この言葉を聞いて私の中の糸が切れた気がしました。これまでは子供のため生活のためと思いながら、危機感のない夫とともに暮らしてきたけれど、もう限界だと感じました。これ以上一緒に暮らしていても、ただ依存されるだけで、子供を育て上げることなど絶対にできないと。そして夫はすでに50歳でしたが、現在でも一生懸命アルバイトを探すといった行動のない人が、この先年齢を重ねてさらに「使えない夫」という存在になっていく。

だから私は決めたのです。子育てのために、そして自分の人生のために、夫と別れようと決めたのです。別れて、転職をして、女性として完全に自立しようと考えたのでした。

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別居強行、そしてまた転職に迫られ

夫は離婚話に全く納得しませんでした。どれだけ話しても、なぜ離婚に至るのかが全く理解できていないのです。もうこれ以上話しても無駄だと悟ったとき、私は子供を連れて別居を強行したのです。

そして地元の実家に身を寄せて、即座に転職情報の収集を始めました。今回の転職活動では、既婚の女性だからといって引け目を感じることは、全くありませんでした。人生をかけて別居してきたのですから、もう何も怖気づくものなどなかったから、と言ってもいいかも知れません。子供のために、そして自分のために、とにかく何でもいいから働き口を見つけようとしました。地元の市役所でやっているUターン転職サイトの利用、求人情報誌や新聞広告の利用、そして地元のハローワークにとにかく通いました。

そしてひょんなことから見つけたある求人に目を留めることとなったのです。それは地元の国立大学での事務パートのお仕事でした。大学の事務と言えば、パートでさえも処遇がしっかりしていることは間違いありません。私はその求人に応募することに決めました。ところがその求人の期限がその日当日ではありませんか。私はハローワークの職員に無理を言って頼み、応募書類を用意するために期限を一日だけ延ばしてもらうようにさえ掛け合ったのです。自分でもすごい行動力だなと感じていました。女性がギリギリの立場に立つ時というのは、こうまでも強くなれるのでしょうか。

そしてすべりこみで面接を受けさせてもらったその大学でのお仕事を、見事手中に収めることができたのです。別居からわずか2週間。速攻ワザでの転職でした。

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